クリスマス小説1
オレ、丹羽謙太は、聖なる気持ちをありったけ込めた握りこぶしを、胸にあてた。
世界のアベックごめんなさい。リアルが充実している皆さまごめんなさい。
そして、敬愛なるサンタさまへ。
もう爆発しろなんて言いません。絶対言わねぇので、いい子にしているので、
お願いだから。
お願いだから助けてくださああぁぁぁぁぁぁぁぁいッッ――
アメ売りの同級生と、赤鼻のおっさん……と、嫌々オレ
「おい丹羽、死にそうな顔してんぞ! 大丈夫か!?」
天(と書いてサンタと読む)へと放ちかけたオレの意識は、頬をぺしぺしと叩かれたことで身体に戻ってきた。
自分の白い吐息が電飾で明るい夜空に、溶けていく。
闇色の雲がラッピング用紙のように薄く、ひらりと空を覆っていた。
今日という寒い日に、駅近くの商店街はいつもよりも賑やかで、
人が働く空気があたたかく充満している。
こうして世の中が動いていくのだ、なんて神聖なのだろう。
政治家はこの空気に触れるべきなんだ。
この空気に触れないで、何が「国民のための政策」だ。
人の世の中は、たくさんの人々がこのように懸命に働いて、回しているのだ。
議会が回しているんじゃないのだ。ああ、なんていい空気なのだろう。
「今日は非常に聖なる夜だ」
さあ、もうすぐ時間だ――とバス停に向いたオレの足を、止められた。
「ちょおおぉぉっ、待てって! 待てって!! な、これやるからっ」
力づくで振り向かされて、両手いっぱいに握らされたのは、色とりどりの大きい飴だ。
近所のおばちゃんよろしく飴をこぶしにねじ込んできた奴の顔を、改めて見据えた。
「樅山――くん」
「“くん”いらねーっ、水くさいなぁ丹羽!!」
お前がなれなれしいんだバ――おっとサンタさんごめんなさい。
ウマシカなんて言ってない。言ってないです。
ちなみにオレの「丹羽謙太」っていう名前はかつて、
中2病のクラスメイトに「ニワってニワトリじゃーん!! チキン!! 謙太ッキーチキン!!」とからかわれたことがある。
あれはイジメだったのか?
まあ、実際チキンなのだ。
街中で、禁止されているはずのバイトをやっているっぽいサンタ衣装のクラスメイトを見かけて、声をかけられるほど、オレは勇者じゃない。
だから冒頭で逃げたかったんだ。本当に逃げたかったんだ。
それにそもそもオレ、こいつとあまりしゃべったことがない。
こいつ――樅山は端的に言えば、元気のいいデキスギくんのようなヤツだ。
つまり、顔よし、頭よし、運動神経よし、女子ウケよしで、
それなのに割と男子にも人気がある。
おいおいどれか分けてくれよと言いたくなるようなヤツだ。
オレとの接点なんて、体育祭とか文化祭とかの行事のときくらいだ。
そいつが、高校で禁止されているバイトを?
オレの心のもやもやを知らない樅山は、ふっとさわやかに笑みながら手を出した。
「はい100円ちょうだい」
「は?」
「アメちゃん代。いっこ10円だから」
お前ふざけるなよ押し売りじゃねーか
と思いながら口には出せないのがオレだ。
しぶしぶ100円を財布から出しちゃっているのがオレだ。
まあ、100円くらいだしな……。
100円を、樅山の手のひらに確かに置く。
「じゃ、また明日」
「だから待てってぇぇぇ!! アメあげただろ!!」
胴体にがしっとしがみつかれて、息が一瞬詰まった。
なんでこいつ、こんなにオレに絡んでくるんだよ。
「バイトの件なら黙っておくから離せって……」
面倒だからもともと言う気はなかったが、樅山がオレにしつこい理由といったら思いつくのはやはり、口止めしたいからだろう。
樅山はゆっくりオレから離れたが、逃げないようにするためか、オレの学ランのすそを引っ張った。
「言わないでおいてくれると助かる、けどそれだけじゃなくて」
樅山は手にぶら下げた木網みのかごに目を移した。
まだ結構な数の飴が入っている。
「これ、全部売り切らないと、家に帰れないんだよ」
「お前はマッチ売りの少女か何かか」
思わず口から出たツッコミに、樅山はぶはっと笑った。
ナイスツッコミ、とか笑いながら肩をバシバシ叩いてくる。
「オレな、修行中の身なんだ」
樅山はにこにこしている。女子はこういう笑顔にやられるんだろうが、今のオレにはなんだか嫌な予感しかしない。
「それで丹羽、今日一日だけでいいからオレのトナカイになってくれないか」
なん……だと。
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プロフィール
「パセリ生えてきた」
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風月(フヅキ)しずな で活動中。
現在過疎運営。