クリスマス小説2
「断る」
「逃がすか」
踵を返しかけたオレを見て、樅山はつかんでいた服のすそをぎゅっと後ろに引っ張った。
「首しまる首しまる!! やめろって」
「じゃあ承諾しろよな」
何なんだその「じゃあ」ってのは。
樅山は「そんな嫌そうな顔すんなってー」と笑みながら眉尻を下げた。
そんなこと言われてもだな。
「トナカイって、なんだよ。売り子手伝えってこと?」
迷惑だっていう気持ちを全面に押し出しながら、眉を寄せつつ聞いてみる。
トナカイの着ぐるみ着るとかイヤだぞオレは。
「んー、ちょっと違うかなあ。オレを、連れて行ってほしいわけだよ、夢も希望も持ってませんって顔した人のところに」
一瞬何を言われているのかわからなかったが、会話を成立させるためにとりあえずヤツの言い分を受け止めた。
「……そんな人はお金もないだろ。飴を売りたいなら別のターゲットにしろよ」
「金はとらないけど、報酬はもらうんだ」
至極当然、といったふうにオレに真剣な目を向けてくる樅山。
ああダメだ。もうダメだ。
オレはなんだか無性にいらいらした。
「オレからは金とったじゃん、わけわかんねぇ」
苛立ちをオブラートに包まず言うと、樅山は「金はとったけど、」と口を開いた。
「丹羽の不幸は、報酬にするには足りなかったんだ。だからいっこ10円で手を打った」
こいつの言っていることはやはりわけがわからない。
それなのに、なんだか。
なんだか、「彼女がいないとか友達がいないとかちっぽけな不幸なんて、くだらない、価値のない悩みだ」と言われた気がした。被害妄想、か?
フリーズしかかったオレの視界の端では、クリスマスのイルミネーションがちかちかと色を移していく。
「この駅にいる人でいいんだ。オレを連れて行ってくれ。
オレは――トナカイがいないと、仕事ができない」
にこりと、教室で振りまくのと同じ笑顔が、オレの目の前にあった。
こいつの笑顔って、なんか怖い。
本心で笑ってるんじゃないからだと気がついたのは、今だ。
こいつの笑顔は、商売道具の笑顔でしか、ない。
「早くしないと、聖夜が終わる。手伝って、くれるよね」
――価値のないあんたにアメあげたんだから
心の声が聞こえた気がして、オレはヤツの視線から逃げるようにうつむいた。
「……ああ、わかった」
小心者のオレが精一杯に呟くと、見ていないけど、樅山がにやりと笑った気がした。
オレのなかでデキスギくんが黒い悪魔と化していた。
そして、サンタが嫌いになっていた。
*** *** *** ***
手伝うと承諾してしまった以上、さっさと飴を客に売りつけて、帰ろう。
樅山と極力目を合わせないようにしながら、オレは行きかう人の波に目をこらした。
最初のターゲットは、このファミリーやらカップルやらで賑わう光の街中を、
独り道行くOLだったが、樅山が却下した。
あのOL、ずいぶん希望のなさそうな目をしていたんだが……大丈夫か?
お独り様で寂しそうな顔をしているヤツなんかはごろごろしてて、
こういうヤツは、樅山が却下を出すということがわかった。
不幸そうなヤツを見つけて飴を売るって、とんでもない商売やってるな、こいつも。
結局2時間駅周辺をうろうろして、ようやく樅山の許可が出た不幸人は、
客の来ない寒空の下で路上ライブ活動する赤鼻のおっさんだった。
寒さで赤くなったのか、酔って赤くなったのか。
おっさんは狂ったようにギターをかき鳴らし、叫び声としか言いようのない歌声を、唾とともに飛ばしている。
すりきれて砂だらけのスーツを着て、かけてるメガネなんかは右のレンズがはまってなくて、そこから覗く目はぎらぎらと怒り、悔しさに燃えている、ように見える。
ザビエルハゲで、ギターの弦のうち一本が、あらぬ方向へ向かって飛んでいる。
傍らにはネクタイやら靴下やらが散乱していて、つまりおっさんはこの寒中にはだしだった。
客が来ないのは、おっさんが暗がりで演奏しているからだけではない。
近寄れない。近寄りたくない。
近寄ったら最後、自分もこの不幸オーラに中
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プロフィール
「パセリ生えてきた」
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風月(フヅキ)しずな で活動中。
現在過疎運営。