クリスマス小説4
「丹羽ってさ、サンタ信じる?」
「どこかにいるんじゃないか、っていう夢くらいは、持ってる」
小さいころ見たどのアニメも、サンタさんは必ずどこかにいるんですよ、とかサンタの島があるんですとか、サンタの存在をほのめかして終わる。
枕元にプレゼントを置いてくれていたのが父さんや母さんだとわかった小5の冬はさすがにショックだったが、それでも、存在は……信じていたかった。
「よかった、丹羽がいいやつで」
樅山はたいしてよかったと思ってなさそうな声色で言ってのけた。
「オレのじいちゃんが、サンタの一人なんだ、実は」
「へぇ」
……。
!?
「は!? ってか……は!?」
「あ、信じちゃう?」
樅山はおもしろそうににやりとしたが、
そういうことじゃなくてだな、言ってて恥ずかしくないかとか意味わかんねえとかいろいろ言いたいけど、とりあえず、
「それで?」
続きを促すのが先だ。
樅山はニヤリ笑いをすっと引っ込めた。
「まあ、後継者問題なわけだ。
親父はサンタをそもそも信じないし、信じたとしても、そんな面倒なのの後は継がないって断固拒否。じいちゃんと親父、昔それに関して大ゲンカになったっぽいってのは母さんから聞いたんだけど。
オレも最初は、親父サイドだった。去年じいちゃんが倒れるまでは」
そこで樅山は息をついた。「よくある話だよ」と呟くヤツの顔には痛みがにじんでいた。
今までヤツがしてきた中で、一番ヤツらしい表情だった。
「すぐ退院したけど、サンタの仕事ってハードで、体力がないとやっていけないんだ。
だから、今年がじいちゃんの最後の仕事だった。昨日のイブの夜から、今朝にかけて、じいちゃんは担当地域をめぐった。オレも一緒に行った。
でも特に部屋に忍び込んでプレゼントを置いたりはしなかった。というより、想像してたような白い袋さえ持たずに、ただ夜の空をソリで散歩していた。
なにやってるんだろうって、わからなくなった。それで聞いたんだ。サンタの仕事って、何なんだって」
目の前の道路を、市バスが通り過ぎた。
オレは今、とんでもない話を聞かされているのかもしれない、という予感が体に走る。
永遠にナゾでよかった秘密を、とうとう聞かされてしまうのかもしれない。
そうしたら、オレのクリスマスはどうなってしまうのだろう。
この時点で大方の想像を壊されてはいる。プレゼント持って子どもの家回ってるんじゃないのかよ、と。それでも肝心な部分が未だ明かされずに残っている。
サンタに抱いたナゾの期待、クリスマスの日の不思議な感覚、そういうものの正体が今すべてわかってしまうんだとしたら。
オレ個人としての、クリスマスは、どういうものになるのだろう。
けれど、話をやめろ、と言う気はしなかった。
樅山がふっと表情をやわらげた。
「『幸せの期待をプレゼントするのがじいちゃんの仕事だ』」
ああ、結局。
ナゾは、ナゾのままだ。
「嫌いじゃない、と思った」
おう樅山、オレもそう思った。
幸せをプレゼントするんじゃない。
幸せの予感を、期待を、気持ちを、心を、プレゼントしている。
期待は、きれいじゃない。
裏切られることもある。
期待しかプレゼントできない。
それがサンタクロースの仕事。
樅山は背を伸ばして、隣に置いておいたかごを持ち上げた。
「だからオレ、今下積み中なんだよねー。24日に働くのはまだ早いんだと」
「で、言いつけられた仕事が、飴配りか」
「そう。ノルマ一人って言われた意味がわかるよな、これじゃ」
さっきから樅山の表情は、あの冷笑製造マシーンのようなものではなくなっている。
あ、この顔は。
オレは飴の入ったかごをひったくった。
「泣くなって」
「は!? な、泣いてねーよバカ!!」
そうか? なら何で思いっきり動揺してるんだ。
おお、涙ぐんでるじゃん樅山おもしろい。
なんだか楽しくなってきたので、オレは天を仰いだ。
「サンタさーん、あなたの孫がオレのことバカって言ってまーす!」
「ちょっ、ちょおおおぉぉ!!」
樅山があせって、オレの口を手で覆ってくる。
なんだよ、このカオ。
あせりすぎだよ。
「ぷっ、ははっ」
あー、おかしい。
オレが笑い始めたのを、樅山がきょとんと見てる。
多分、隣のベンチのカップルもオレを見てる。二人だけの世界を邪魔されたって顔してる。
おもしろい。愉快愉快。
「……は、ははははっ」
なんだ、樅山も笑うのか。
ていうか樅山、笑えるんじゃねぇか。
まあいい、クリスマスの夜くらい、笑っていようぜ。
散々笑って、寒さにちぢこまっていた身体もほぐれてきたところで、その腹の底をくすぐり回すような波もおさまりつつあった。
樅山からぶん取ったかごの中で、飴がガサッと音をたてる。
樅山があせる理由は、なんとなくわかった。
早く一人前にならなきゃって思ってたんだろう。
でもおっさんを不幸にしてちゃ、まだまだだな。
「樅山さ、不幸を報酬にするとか、もう言うなよ」
樅山は視線を落として、小さく「ああ」と言った。
その後、さらに小さくくぐもった声で、ぼそぼそ何か言うのが聞こえた。
「は? なんだって?」
あえて聞き返してやると、樅山は耳を赤くして、顔を上げた。
「それよりそれ、早く返せって!!」
もちろん、樅山の呟きは聞き取れていた。だけどさあ。
「サンキューな」なんて言われなくても、そのへんの気持ちはお前のその冷笑マシーンじゃない表情見てればわかるんだよ。
なんてことは言わないでおこう。
オレが言うとキモいから。
「言われなくても返すよ、サンタ見習い」
樅山はかごを受け取ると、顔をオレに背けてよっこらしょと腰を上げた。
顔を隠しても無駄なんだけどなぁ。赤くなってるの耳だから。ま、いっか。
「行くのか?」
「行くとも」
赤鼻のおっさんにも、幸せの期待を届けに。
メリークリスマス、どうか幸せなクリスマスを。
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